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地域の皆様のコミニュティ、大和区民活動センター

大和のマイ☆スター 

 お 名 前     内   容 
 高木大介さん  八幡神社祭礼の子供山車巡業・神輿渡御の復活に尽力
 石津義弘さん  協調と調和の精神で大和町の問題を解決!
 麓 翔太君  目指すは卓球バンビチャンピオン!
 新井祥子さん  華麗に七変化〜金太郎から織姫へ〜
 馬場章弘さん  大和小学校「おやじの会」会長 
 能戸幸司先生  大和町のホームドクター やはたクリニック院長
 伊井 進さん  書に魅せられて
 佐久間利彦さん  大和町の地域活動を支え続けて半世紀
 平原トムエさん  絵手紙に感謝の気持ちを込めて
 廣中 剛さん  杉の子大和の頼もしいリーダー
 荒牧昌子さん  地域の健康を見守る、耳鼻咽喉科「荒牧医院」
 石原みゆきさん  大人として先輩として、子どもたちを大切にしていきたい
 遠藤桂子さん  啓明小の子どもたちの灯台「啓明堂」さん
山賀紀四郎さん・与志子さん   お寿司に愛情こめて44年
朝倉智弘さん チームスポーツの良さを教えたい
 芦田洋子さん  手作りの楽しさをみんなに広げたいー帽子デザイナー
 君島典子さん  大和地域でチアダンスを指導
 遠藤友子さん ニットデザイナー、食品インストラクター 
 小川信一さん  映画制作カメラマンとして活躍した
 吉池登志子さん 地域で活躍する傍ら煎茶道を究める 
 堀内康男さん  ペンで人の心を潤しボランティア活動を続ける
 宮島茂明さん  中野区観光協会理事長として活躍する
 和田光信さん フリーフライト模型飛行機で世界を駆け巡る 
 桑原敏子さん  なんでもリメイク
 船山芙佐子さん 「大和朗読の会」を主宰
 藤本英似さん  木彫り人形作家
 菊本美登枝さん 文武両道の達人 
布瀬川浩一さん   日本古代史の研究
 井上和昭さん  一枚の紙の奥深さに魅せられて
山ア直明さん  江戸時代の旧街道11道を完全踏破した「すご足さん」 
 本間誠二さん  時計修理と写真のことならおまかせ
 山本明子さん  いつでもどこでも誰でもできるトリム体操歴30余年
 関口俊夫さん  多彩な地域活動を行っています
「みんなの大和ニュース」掲載の大和の星と輝く達人さんたちを順にご紹介いたします。 

八幡神社祭礼の子供山車巡業・神輿渡御の復活に尽力!高木大介さん

   高木大介さん
  (大和町1丁目在住) 

    
    神輿の先頭で進行誘導をされていました
 毎年夏休みに行われる「八幡神社祭礼」で子供山車巡業・神輿渡御を指揮している、大和町若睦会青年部代表の高木大介さんにお話を伺いました。
 高木さんは、大和中央通りで精肉加工・販売の高木精肉店を営んでいます。近年、お祭りを取り仕切っていた地元商店主の高齢化などにより準備も滞り、一昨年はお神輿も中止となり、大和町で生まれ育った高木さんは衰退を危惧していました。そこで、盆踊りの指揮担当の八幡神社の禰宜・関龍太郎さんと共に、賑わいを復活させる活動を始めました「大和町若睦会青年部を立ち上げ、青少年育成大和地区委員長の佐久間さんや大和小・啓明小おやじの会、各町会・消防団をはじめ、多くの団体の協力を得て、大勢の有志の方々が神輿担ぎに参加してくださいました。おかげで今年は子供山車巡業・神輿渡御が今までにないほど広い区域を練り歩き、お祭りは無事成功裡に終わり、盆踊りも今年初めてのイベントの実施などにより大盛況でした。大和町で生まれ育ち生活している者として、伝統行事を継承し、大和町繁栄のために微力ながら貢献できたらという思いでおります」
 地域の人同士をつなぎ、世代間の交流を促すために一役買って、お祭りを盛り上げるために活動されている高木さんから、大和町への熱い想いを感じました。皆様もぜひ、お祭りでお神輿を担いでみませんか?

協調と調和の精神で大和町の問題を解決!石津義弘さん


  石津義弘さん(大和町4丁目在住)


     愛犬の名はヤマト
  昨年11月末、民生児童委員地区会長を退任された石津義弘さんに地域活動についてお話を伺いました。
 石津さんは退職後、民生児童委員を12年間勤め、明るい選挙推進委員、旧大和小学校評議員、中野区社協、太団体の委員・理事などを歴任されました。大和区民活動センター運営委員会にも設立当初から役員として関り、現在も総務部長として運営を支えてくださっています。大和町の問題を解決するために、奔走されてきた石津さんですが、初めは奥様に民生児童委員に就任のお話があったそうです。介護などで忙しい奥様の負担軽減のためにと、石津さんが引き受けました。会社員時代は、大勢の部下を束ねるリーダーであった石津さんにとって、地域活動は40余年に亘る会社員生活の行動を180度否定されることが多々あり「相手の話を聞く・自分の価値観を押し付けない」ことの重要さを実感したそうです。また、民生児童委員の活動内容を知らないまま引き受けたので、最初は手探り状態でしたが、経験をもとに民生児童委員の活動概要・行政・専門用語などを体系的に取りまとめて引継ぎ資料を作成し、後任の方々へ引き継がれました。
 「”協調と調和の精神”で多くの方々と接し、色々な情報・知識を入手することで退職後の世界が広がりますよ」石津さんの体験からのメッセージが温かく響きました。

目指すは卓球バンビチャンピオン! 麓(ふもと)翔太君


   麓(ふもと)翔太君
   (大和町1丁目在住)

   東京都予選で見事優勝!
  ドイツで開催された今年の世界卓球で、日本中を沸かせた中高校生の活躍は、まだ皆さんの記憶に新しいと思います。大和町にも多くの卓球サークルで腕を磨いている小中学生たちがいます。今回は「全日本卓球選手権大会バンビの部東京都予選会」で見事勝ち抜き、東京都代表として全国大会(神戸)に出場する、小学校2年生の麓翔太君を紹介します。
 翔太君は、放課後ほぼ毎日野方の卓球教室に通い、コーチの指導のもと、4年生のお姉さんや仲間たちと練習に励んでいます。練習ではノーミスで100回以上ラリーを続けるという課題をこなしています。翔太君が卓球を始めたきっかけは、お母さまが参加していた卓球サークルのコーチに勧められたからです「他の習い事もしていたのと、卓球は楽しいだけではなく厳しいこともあるので、まだ早いかな?と思い少し考えました」とお母さま。お母さまも介護で心身ともに辛かった時期に、幼稚園のPTA卓球サークルに誘われたことがきっかけで始められたそうです。お母さまが卓球に励んでいる姿を見ていた翔太君も、自然と卓球に惹かれていったのでしょう。普段は、一緒に卓球を習っているお姉さんの智春さんとは仲良しで、いつも笑顔の翔太君ですが「試合に負けるのは悔しい。勝ちたい!」と言い、真剣に練習に励んでいる姿はアスリートそのものでした。いよいよ7月28日から始まる、晴れの全国大会での翔太君の活躍を、大和町の皆で応援しましょう!ガンバレ!翔太君。


       100回ラリーに挑戦中です

華麗に七変化〜金太郎から織姫へ〜 新井祥子さん


 新井祥子さん(大和町2丁目在住
   
   
    金太郎と織姫の仮装
 大和区民活動センター1階ホールで毎週水曜日にオープンしているコミュニティカフェ・カトレアのスタッフとして、季節のイベントごとに仮装でお客さまを楽しませてくださる、新井祥子さんをご紹介します。 新井さんはカフェ・カトレアスタッフのほか、友愛会で「歌声サークル」を立ち上げ、講師の手配・歌集を作成するなど、中心メンバーとして活動しています。以前は「大和朗読の会」にも所属して読み聞かせの活動も行っていました。新井さんがボランティア活動を精力的に行うきっかけは、カトレアの会の健康体操に参加したことでした。そのうち、カトレアの会でコミュニティカフェを立ち上げる話が持ち上がり、依頼されてカフェ・カトレアの初代代表に就任しました。「オープンした頃はなかなかお客さまが見えず、イベントや仮装をしてお客さまの入店を祈っていました」その努力が実り、現在は毎週80名ほどが来店するまでになりました。
 季節に合わせ、お雛さまや金太郎に扮する新井さんの仮装を目当てに来店するお客さまも多く、恒例のイベントとなってきました。衣装はすべて新井さんの手作りで、家にあるレース生地やカップラーメンの空き容器などを再利用して創作しているそうです。「仮装することでお客さまが笑顔になり、楽しんでくださるのが嬉しいです」
 新井さんのサービス精神が、周りの人々を笑顔にしてくれるのだと感じました。

    サンタの仮装で接客する新井さん


大和小学校「おやじの会」会長 馬場章弘さん

 
 馬場章弘さん(大和町3丁目在住)

  子供も大人も大興奮。ドジョウ掴み大会

おやじの会は子供たちの思い出の中に生きています
 大和小学校で、恒例のイベント(ドジョウ掴み大会やサマーキャンプなど)の準備・開催を担っている、おやじの会会長の馬場さんにお話を伺いました。
 馬場さんは、子供のサマーキャンプ宿泊付き添いに参加してメンバーと顔見知りになり、その後東日本大震災の炊き出しに参加したことがきっかけで入会しました。「続けてこられたのは、みんなと一緒に準備・開催、そして打ち上げが楽しかったからです」しかし家では4人の子供のお父さん、平日はお仕事との両立にはくろうがあるのでは、と伺うと「平日は学校との調整などをPTAの方々に助けていただいています。メンバーも、モットーである”できる人が、できる時に、できる事をする”と言う言葉の通り頑張ってくれます。OB・OG・保護者・地域の方々にもたすけられています」皆の絆を感じました。
 「今年度で大和小学校は最後を迎えてしまいますが、楽しかった思い出はきっと忘れないはずです。大きくなって自分に子供が出来た時、楽しかったことを伝えていってもらいたい、伝える活動をしてもらいたいと思います」大和小学校への熱い想いが伝わってきました。
 平成29年度、美鳩小学校になることを見据え、11月のペットボトルロケットは若宮小学校で開催し、現在美鳩小学校でのおやじの会発足メンバーを募集しているそうです。
地域で仲間を作りたい、というお父さんは参加してみてはいかがでしょうか。

大和町のホームドクター「やはたクリニック院長」 能戸幸司先生

 
   能戸幸司先生(大和町1丁目)

    親しみのある外観です
 大和町の八幡神社から八幡通りを過ぎると、左手にオレンジ色の建物に緑色の看板が目印のやはたクリニックがあります。大和町にお住いの方は、内科やお子さまの急な発熱・予防接種・リハビリなどでお世話になったことがあるのではないでしょうか?
 やはたクリニックは18年前に現在院長の能戸幸司先生により開設されました。開設当初から「地域の方のお役に立ちたい」との思いから、院内診療と共に訪問診療・往診にも力を入れています。
 能戸先生の専門は喘息や肺気腫といった呼吸器疾患ですが「地域のホームドクター(かかりつけ医)として内科・小児科だけでなく、リハビリテーションを主とした慢性的な整形外科疾患まで診ていますので、お気軽にご相談ください。連絡をいただければ往診にも伺います」通院できない患者さんやご家族にとって、能戸先生は健康状態をサポートしてくださる心強い味方です。また認知症アドバイザー医でもあるそうです。いつも診察室で患者さんのお話にじっと耳を傾け「患者さんからの”症状が良くなりました”と言う声が励みになります」とおっしゃる能戸先生は、まさに大和町のホームドクターです。

       清潔でおしゃれな待合

に魅せられて 伊井 進さん

 
伊井 進さん(大和町1丁目在住)


   大和区民活動センターでの個展
 3年前から大和区民活動センターで、平日はお仕事をしながら火曜日の夜間と日曜日の午後に書道を教えている「伊望会」講師の伊井進さんにお話を伺いました。伊井さんは、18歳の時に大学の書道部に入部したのがきっかけで、書を始めました。箱根の合宿セミナーで生涯の師匠に出会い、書に対する考え方が180度変わるほど感銘を受け、以後43年間、様々な中央書壇の公募展に出品し、個展も開催しています。
 伊井さんが書を教えるきっかけとなったのは、銀座の展覧会に来ていた中国人留学生の井伊さんの作品を気に入り、教えてほしいと依頼があったからだそうです。最初は1対1教えていたのですが、口コミで増えて15名になり、現在は昭島市や川崎市から通う生徒さんもいるそうです。
 伊井さんのモットーは「人生は楽しく、書も楽しく!」です。筆法(筆使い)を教えることを主眼とし、作品の内容は生徒さんが決めます。伊井さんは「書はその人の人間性・人生観を活かすことが大事、人格即書道です。形もこだわらず、しかも綺麗に書けるようになります。そして芸術作品を見る力、創造する力を養うことが大切。私も生徒さんから学ぶことが多いです」とおっしゃっています。生徒さんが何をやりたいか、その人の要望に応じて個別に指導してくださるので、初心者の方でも安心して始められます。手ぶらでも良いそうですので、書道を始めてみてはいかがでしょうか? 


町の地域活動を支え続けて半世紀 佐久間 利彦さん



佐久間利彦さん(大和町1丁目在住)




八幡神社祭礼で大太鼓を叩く佐久間さんの雄姿
 佐久間さんは青少年育成大和地区委員会委員長をはじめ、大和児童館運営協議会会長・大和地区まつり実行委員会運動部門長・啓明小おやじの会OB・啓明小学校開校90周年を祝う会実行委員長などを歴任しています。大和町に住んでいる方は、大和町の行事では必ず佐久間さんを見かけるのではないでしょうか?
 佐久間さんは大和町に生まれ育ち、小学生のころから中町会の子供会に所属し、ミニリーダー・ジュニアリーダー・青年リーダーを務めてきました。就職してからは忙しくなり、一旦地域活動から離れましたが、お子さんが小学校に入学したことをきっかけに、再び青少年育成大和地区委員会育成部で活動することになりました。
佐久間さんは幼い頃より大和町で地域活動をしている方が身近にいたので、育成者として活動するのは自然の流れだったようです。「地域の方にはたくさんお世話になってきたので、恩返しをしたい」との思いで地域活動を続けていらっしゃるそうです。
 これからの季節、佐久間さんは10月の「<第41回>大和地区まつり」運動会の準備、11月の啓明小学校開校90周年の準備などで大忙しです。佐久間さんが長年地域活動を続け、地域を陰で支えている姿を見て地域活動を始めた方も多いのではないでしょうか?地域活動に興味がある方、これから始めたいという方、特に男性にとっては先輩として心強い存在だと思います。

絵手紙に感謝の気持ちを込めて 平原 トムエさん



平原トムエさん(大和町2丁目在住)


 熱心に制作中です。


ステキな作品ですね!
 平原さんは大和区民活動センターで26年前に絵手紙を始めてからずっと続けており、いまでは「大和虹の会」の中心メンバーとして、他のメンバーに教えることもあるそうです。「発足当時はしらさぎホームの皆さまに、お誕生日などの記念日に絵手紙を差し上げることを目的に、皆一生懸命に描いていました。皆さまに喜んでもらうことが励みになりました」15年くらい続き、しらさぎホームの方々には大変喜ばれたそうです。
 平原さんが絵手紙を始めたのは「へたがいい、へたでいい」という、会のテーマに惹かれたからだそうです。「絵手紙は筆で線書を大きくはみ出すようにゆっくり書き、色はパッパッと塗り、見たまま下描きなしで描きます。手紙ですから、誰に書くかを想像して一言添えます。外出が困難で会に参加できない時は、他のメンバーが協力して活動しています」
 「大和虹の会」は、中野駅ガード下や大和区民活動センターでの展示、6月1日より中野ブロードウェイ絵手紙展など、地域の皆さまと交流しています。第2・第4木曜日13:30〜15:30に大和区民活動センター2階で活動していますので、興味のある方はぜひ見学に来てください。

杉の子大和の頼もしいリーダー 廣中 剛さん  


廣中 剛さん


”明るく、楽しく”がチームワークの源です。


 公園の清掃、いつもありがとうございます。


大和区民活動センターでの作品展

  毎週、大和町にある公園の清掃をしてくださっている、杉の子大和のリーダーの廣中剛さんにお話を伺いました。杉の子大和では現在、20名ほどの利用者の方が在籍しています。朝は朝礼から始まり、清掃・室内作業などをして帰宅する時間までを過ごしています。廣中さんは「週5日、常に一緒に生活しているので、皆ファミリーのように信頼しあっている」とおっしゃいます。大和鹿鳴公園での清掃では、皆集中して各々の役割をこなし廣中さんと利用者の方同士のアウンの呼吸で、あっという間に公園がきれいになりました。
 廣中さんは学生時代、中野区の別の事業所に実習に行き、とてもやりがいを感じてこの仕事を選んだそうです「支援していく中で、利用者も職員も10人いれば10人の考え方がある。自分がこの人には何が良いか、と考えた支援がうまく重なり合い、利用者が成長していった時に喜びを感じます。反対に支援することによって利用者の自立を邪魔し、生活のリズムを乱してしまうこともあります」作業の合間のストレッチの時に、利用者の方と職員の方との和やかなやり取りを拝見し、日々向き合い、接することにより生まれる信頼感なのだ、と感じました。
 杉の子大和では毎日の作業以外にも、行事・クラブ活動も積極的に実施しています。絵画や工作の作品は、大和区民活動センターでも展示されます。


地域の健康を見守る、耳鼻咽喉科「荒牧医院」 荒牧 昌子さん


優しい素敵な先生です。荒巻昌子さん

 
陽が差し込む明るい診察室です

洋風の白い外観はとってもステキ!

  

 荒牧先生は昭和49年から約40年間、耳鼻咽喉科を専門として地域の健康を見守り、診療を続けていらっしゃいます。早稲田通りから大和町住宅街に入ると、正面にある白い洋館は歴史を感じさせます。
 荒牧医院は大正末期、祖父の弥一郎氏が内科を開設。昭和20年にお母様の柳氏が耳鼻咽喉科として開業し、昭和49年から昌子先生が受け継ぎました。
 昌子先生は東京女子医科大学在学中、高知県の耳鼻咽喉科の女性教授のもとに実習に行き、女性でも独立できると感じ、耳鼻咽喉科を専攻したそうです。卒業後、ドイツのハイデルベルグ大学耳鼻科に2年間留学し、帰国後子育てをしながら診療を続け、大和小・啓明小でも校医を勤めています。そして今年、東京都医師会から長年の功労を称えられ、表彰されました。「開業した当初は、午後の待合室は鼻水を垂らした子どもたちであふれていましたが、最近は抗生物質で症状を抑えられるようになり、子どもの蓄膿症は減りました。代わりにアレルギー症状の患者さんが増えていますよ」昌子先生は強い薬の使用より、通院して治す治療に重点を置いているそうです。これからの季節、花粉症の方には辛い時期ですが、荒牧医院での治療で乗り切りたいですね。

大人として先輩として、子どもたちを大切にしていきたい 石原 みゆきさん

 優しい眼差しで子どもたちを見守る、石原みゆきさん
 
平成27年度の「大和地区まつり」でテープカットに参加した石原さん(左から3人目)





  

 中野区青少年育成大和地区委員会副委員長、大和地区民生児童委員協議会主任児童委員、西部自治会青少年部員、大和地区まつり実行委員会文化祭部門長とたくさんの仕事にかかわり、核となって地域活動に奮闘している。
「地域のたくさんの素敵な先輩に支えられ、それが中野区全域に広がり、同じ悩みや思いを共感することが出来たので、今の私があるように思います」
 全国的に校内暴力などで学校が荒れた時代に、四中のPTA委員になった。その頃、地域の四中生を見る目は厳しかった。PTAがアクションを起こさなくてはいけないと、みんなで児童館に集まり、夜のパトロールを始めた。開かれた学校を目指していた教職員と共に、問題解決を目指して尽力した。徐々に地域の目が変わっていくのを実感した。
 「子どもたちには明るくいて欲しい。住んでいる町に愛着を持ってもらいたい。そのためには、大人たちも接し方を留意しなくてはならないと思うのです。だから地区まつりのボランティアとして子どもが手伝ってくれた時など
 「ありがとう!」「助かったよ!」と感謝の気持ちを大いに表して、大事にかかわりたいと思っています」
多くの人が輝くために縁の下で汗をかき、子どもへの深い愛情を持つ、温和でガッツのある女性だ。

啓明小の子どもたちの灯台「啓明堂」遠藤 桂子さん

 
啓明小の子どもたちを暖かく見守る、遠藤桂子さん。

 

啓明小の正門を出たら、
目の前に啓明堂さんがあります。






  

 啓明小正門の斜め向かいにある、文房具店の啓明堂さん。「ノートやのりが無い!」などと、突然啓明堂さんへ買いに走った経験は、啓明小に通う子どもたちなら誰でもあるのではないでしょうか?
 啓明堂さんは、昭和21年に遠藤さんのお父様が開業。そのお父様は遠藤さんが幼少の頃に急逝し、お母様が浅草の問屋まで仕入れに通いながら、女手ひとつでお店を切り盛りしてきました。「私が小学生の頃は、児童が1500人位いたので、毎朝お店の前に子どもたちが一列に並んで買い物に来ていたのですよ」
 遠藤さんもお母様の遺志を継ぎ、結婚後も子育てをしながら啓明堂を運営してきました。「昔は教科書販売もしていたので、児童数が多い時は教科書のセットや販売で、大忙しで活気がありました」
 今は教科書の店頭販売は無くなり、児童数も減りましたが、遠藤さんは子どもたちの登下校を見守り、声掛けをしてくださっています。「子どもたちが挨拶してくれるようになると、とても嬉しいですよ」
 遠藤さんは「啓明堂が町の灯台としての役割を果たせれば」とおっしゃり、明るい笑顔で子どもたちを導いてくだっさています。


お寿司に愛情こめて44年 山賀さんご夫妻

 
44年間一筋に味を守り続けた山賀さんご夫妻。
 



  プロ野球ファンには懐かしい!

 大和地域で活動している団体や町会、各種グループの総務担当の方々にとって、お弁当手配といえば栄寿司さんが心強い頼みの綱になっているのではないだろうか?
 大阪寿司と言われる押し寿司を中心に、赤飯、太巻き、海苔巻き、いなりずしのお店を経営している山賀さんご夫妻は、昭和46年川北橋の近くに開業した。夢中で働いて10年、その後現在の大和町中央通商店街に移って34年。通算44年間、店のカウンター越しに大和地域の移り変わりを見てきた。
 商品ケースから天井の方へ目を移すと「長嶋茂雄」や「落合博満」「原辰徳」「桑田真澄」など、読売巨人軍のスター選手のサイン入り色紙がずらりと並んでいる。「姉が当時巨人軍のマネージャーと知り合いでね、ナイター前の腹ごしらえ用に飯台を抱えて40人分の寿司を配達していたんですよ」と、球場の様子を思い出しながらご主人は微笑む。「選手はパンツ1枚で駆け寄ってきて”やーお腹がすいたーー”と頬張ってくれました」 地域を愛し、地域に愛され、44年間で値段は1・2回しか変えていないという栄寿司さん。愛情たっぷりのこの味に、胃袋をつかまれている人は多いだろう。(みんなの大和ニュース23号より)

チームスポーツの良さを教えたい 中野フレンズベースボールクラブ監督  朝倉 智弘さん

 
チームスポーツの良さを教えたい
中野フレンズスポーツクラブ監督
朝倉智弘さん
 

練習後はグランドにお礼の挨拶。礼儀正しいね!

 「中野フレンズベースボールクラブ」(昭和58年に発足した軟式野球クラブ/中野区少年野球連盟所属)の
監督として、啓明小・大和小・北原小などの子どもたちを指導している。
 朝倉さん自身、小・中・高と野球クラブに所属してきた。現在も当時の仲間と草野球のチームで活躍している。「地域に20年来の仲間がいるというのは、いいものですね」。子どもたちには、仲間をサポートし協力する気持ちを養ってもらえたらと考えている。6年生の卒団式の時、1人1人に作文を書いてもらう。一番多く書かれていた内容は夏の合宿のことだった。合宿で、子どもたちは1人ずつ100本ノックを体験する。汗と泥まみれになってもやり遂げたという、達成感と感動を大いに味わったようだ。
 しかし今、夏の合宿は実施されていない。10年前は約50名いた子どもも現在は20名。少子化の影響もあるだろうが、外遊びや球遊びをする子どもが減っていることは事実だ。
 「野球の醍醐味は、誰でもスターになれることだと思います。全ての選手にスターになるチャンスが回ってくる。それを味わって欲しいなと思います」大きな声、きびきびした姿勢で、野球を通じて子どもたちを導く
地域のお父さんだ。(みんなの大和ニュース20号より)

手作りの楽しさをみんなに広げたいー帽子デザイナー 芦田 洋子さん     

 
手作りの楽しさをみんなに広げたい
帽子デザイナー 芦田 洋子さん

 

芦田さんの作品。帽子とシュシュ。

 

デザインの専門学校を卒業してすぐ帽子商社に入社し企画・デザインを担当した。その頃、皇室にも帽子を提供。妃殿下たちが公務で被る帽子をデザインした。

 「堅実で華美にならないようにと求められました。その中で品格のある美しいデザインにこだわりました」

 小さい頃からファッション雑誌を見るのが好きだった。映画も大好き。特に洋画に出てくる女優の帽子に憧れた。

 「ローレン・バコールが素敵でした。大人の女性が何でもないベレー帽を素敵に着こなす姿に憧れました」。

 商社退職後フリーになり、「ミセスの子ども服」(文化出版局)や「婦人百科」(NHK出版)などの雑誌で帽子の企画から制作を担当してきた。子どもの帽子やウエディングドレスに合わせた帽子のデザインも手掛けた。

昨夏は大和区民活動センター集会室で手縫いの帽子ワークショップを開催。8歳から80歳まで老若男女が集まり楽しみながら制作した。パターンを気に入って5点作った方もいた。

「とても嬉しかったです。自分で作った喜びを味わってもらえたらと思っています」。

今後も好きなものを作りながらワークショップなども活発に開催したいそうだ。


(みんなの大和ニュース19号より)


大和地域でチアダンスを指導     君島 典子さん

 

   君島 典子さん

 

トップチームのみが競い合う、全米最大級のチア&ダンス大会「Jamfest Dance Super Nationals2014」では、日本初出場の中でTiggersだけが出場。しかも優勝を博す。

 アメフトやラグビーの試合で、手にしたポンポンを振りながら元気よく飛び出してくる可愛い女の子達を見た事はあるだろうか。

君島さんが指導する「チアダンス」は、組み立てた人の上から跳んだり回転したりするアクロバットな部分を抜いた、ダンスがメインの競技だ。

「チアダンスを通し、何事にも諦めないで最後までやりぬく根性や、人の気持ちを考えて行動する力、団体競技ならではのチームワークを学んで、子ども達のロールモデル(模範)になって欲しいと願っています」 

高校の部活動でチアダンスと出会い、卒業後社会人チーム「GOLDEN HAWKS」で活躍してきた。短大を卒業してから11年間幼稚園の先生として勤務。その中で、現代の子ども達の我慢強さや協調性に欠ける事が気になり、ダンスを通してマナーや集中力、人と協力することの大切さを教えたいと思った。

平成15年、大和地域で「TIGGERS DANCE TEAM」を創設。数名で始めたチームが今、幼稚園児から中学生までが所属し、本場全米大会で優勝するチームにまで成長した。

八幡幼稚園に勤務していた事もある。チームの練習場所は、現在、啓明小、大和小、四中、大和区民活動センターだ。

「地域密着型です。子ども達と一緒に大和から元気、笑顔、感動を届けたい。今年も地区まつりに参加します!」
(みんなの大和ニュース17号より)


デザインしたニットドレスがユザワヤ創作大賞に  遠藤 友子 さん

 

        遠藤 友子さん
      (大和町3丁目在住)

 

      作品 「妖精と春の女神」

 遠藤さんは、子どもの頃から手先が器用で編み物に興味を持ち、やがてニットデザイナーを目指して故郷の愛知県蒲郡から東京の編み物指導者養成学校に学びました。そこで講師の厳しい指導のもと編み物のスタイル画・製図を起こし世界に一つしかないニットを生み出してきました。夢いっぱいメルヘンのニットの作品は見ているだけで心が豊かになるといいます。各種展示会に作品を発表し、「妖精と春の女神」と題するニットドレスの作品が第22回ユザワヤ創作大賞に輝きました。現在、大和区民活動センターで「夢見る作品」ニットカフェ教室を開催し、仲間を指導しています。遠藤さんは、一方、食育インストラクターと細胞矯正士という別の顔をもっています。細胞矯正とは耳慣れない言葉ですが、約60兆個あるといわれる人間の細胞を健全に保つことが健康につながると証明された科学で、正しい食生活や正しい生活習慣・環境を維持し、健康を保つというもので、現在「リンパ体操」を主宰しています。
(みんなの大和ニュース15号より)


映画制作カメラマンとして活躍した 小川 信一 さん

 

        小川信一さん
      (大和町2丁目在住)

 

          1964年東京オリンピックを
       チーフカメラマンそして撮影した

 6年後東京オリンピック開催が決まりましたが、40年前の東京オリンピックをチーフカメラマンとして取材・撮影した小川さんをご紹介します。当時の市川崑監督の記録映画をご記憶の方も多いと思います。あのマラソンのアベベ選手の撮影も小川さんご自身の開発した防震装置を使って撮影にあたりました。その後、ベトナム戦争では長期に亘り現地に赴き、決死のニュース画像はマスコミでも注目され、「ブルーリボン賞」等に輝きました。小川さんは子供の頃より写真好きでしたが、野方第五小(現啓明小)の時見た科学映画に感激し、写真専門学校を経て、ニュース系の映画会社で活躍し、「日本映画技術賞元審査員」等も歴任されました。
 定年後もその技術で各方面から引っ張りだこ、各地の博物館や博覧会、展示会での映像装置の開発・製作設置が多数あります。ま
た、若い頃のバンド演奏と楽器修理が高じて、現在バイオリンの制作も手掛けているという別の顔もあります。
(みんなの大和ニュース14号より)


地域で活躍する傍ら煎茶道を究める 吉池登志子 さん

 

    吉池登志子さん(大和町3丁目在住)

 

      日伯(日本・ブラジル)文化交流茶会で
      ミスブラジルと(横浜大桟橋ホールにて)

生まれも育ちも大和町、自らを「大和町の原住民」と称する吉池さん。ヘルメットをかぶり、バケツ消火リレーの指揮者として、昨年は大会に向けて、特に頑張っていましたが、大会が雨で中止になり残念。地元の「特別防災部」の部長さんなのです。また、警視庁より委嘱を受け、「高齢者交通指導員」として、早稲田通り交差点で、月一回安全指導する姿を目にする方も多いと思います。
 一方、吉池さんは、幼少の頃より日本茶の素晴らしさを肌で感じて育ってきました。そして現在煎茶道・文人華道『清泉幽茗流』の正師範として、門下生を指導しています。さらに「いたるところ煎茶席あり」との開かれた精神性のもと、自由でユニークな茶会を展開しています。また、日本茶アドバイザーの資格を持ち、日本茶と日々語り合っています。茶の葉と遊ぶとき、心が浄化されるようだと言う吉池さん。ご家族の温かい応援があればこそ、と感謝も忘れない。(みんなの大和ニュース13号より)


ペンで人の心を潤しボランティア活動を続ける   堀内 康男 さん

 

    堀内康男さん(大和町2丁目在住)

 
機関紙「ことぶき大和だより」

 堀内さんは「ことぶき大和会」の最年長会員。この会は、なかの生涯学習大学(旧ことぶき大学・三年制)の大和地区在住の在校生・卒業生で組織され、今年12月に創立21周年を迎える。会の機関紙「ことぶき大和だより」に堀内さんはエッセイ、短編小説等を発表し続けて17年。新しい発想の作品は会員の評判もいい。小説は学生時代に同人誌に参加したのがはしり。自動車販売会社在職中に「整備工場を上手に運営するコツ」三部作を出版し、業界のバイブルと好評を得た。この執筆で書く楽しみを身に付けた。
 定年直後にボランティア活動に入り、「中野ハンディキャブの会」の役員として身障者の通院・外出等の輸送に専念する傍ら、当時の大和地域センター内に「大和ボランティアコーナー」を設立。介護保険発足までの約10年間、有志50名と共に老齢者への支援活動を続けた。現在は、堀江高齢者福祉センター運営委員長として活躍中。また、余技の歌は、若き頃東京都民合唱団で鍛え上げた本格派鍛え上げた本格派です。
(みんなの大和ニュース12号より)


中野区観光協会理事長として活躍する   宮島茂明 さん

 
宮島茂明さん(大和町2丁目在住)
 
中野区観光大使のみなさんと

 環七通り消防署近く、「宮島物産」の宮島社長は、本業の傍ら「中野区観光協会」を昨年立上げ、理事長に就任されています。本年春に中野駅北口の再開発エリアで大手企業や大学が始動するにあたり、今こそ中野区のPRに努める必要があるとの思いのもと、行政からの援助が厳しい中、各地域経済団体の賛同を得て、一般社団法人として誕生した全国的にも珍しい「観光協会」です。 宮島物産は、昭和33年創業の作業用品の卸・小売り業であり、宮島社長で5代目になります。地道な扱い商品であり、景気の波の影響は比較的少ないようですが一早くコンピュータ化にも取り組み、堅実な経営を続けて、地域づくり・街おこし、地域横断でPR活動にも広がりが持てるようになったとのことです。今春、四季の森公園を中心に始動した企業、大学ともコラボを図り、の連携を強め、また地元大和中央また地元大和中央また地元大和中央通り拡幅計画とも歩調を合わせ、住みやすい安全・安心の街を目指して心の街を目指して心の街を目指して心の街を目指して宮島社長の夢は限りなく広がります。(みんなの大和ニュース11号より)


フリーフライト模型飛行機で世界を駆け巡る   和田 光信桑原 さん

 
和田光信さん(大和町3丁目在住)
 
世界大会(モンゴル会場)での一コマ

 フリーフライトとは、操縦(コントロール)装置を持たずに自由飛行する模型飛行機です。和田さんは、この模型飛行機を駆使し、日本チャンピオンを数回獲得し、世界大会にも数多く出場して、優秀な成績を収めています。和田さんが大和小学校5年生のとき、校庭に降り立ったヘリコプターに感激して以来、手作りで飛ばす飛行機の世界にのめり込んでゆきました。模型飛行機の面白さは、設計から準備、調整を経て大空に舞い上がる、まさに物に生命が宿り、気流を読み、泳ぎまわる時の醍醐味だと和田さんは目を輝かせます。また、国内外を転戦して、たくさんの人と巡り合えたことも人生の大きな喜びだと微笑みます。
 一方、子供たちを対象とした航空教室
「スカイキッズプログラム」を立上げ、各地の学校や町で、手作り飛行機を楽しく学ぶ教室を開催しています。そして奥様は、陶芸作家であり、夫の「道楽」の良き理解者でもあります。
(みんなの大和ニュース10号より)

なんでもリメイク   桑原 敏子 さん

 
桑原敏子さん
 
地区まつり「リメイクショウ」の一こま

 桑原さんが地域の方々との交流と親睦を目的として立ち上げた「手作りクラブ・ラベンダー」も干支を一回りし、最初から参加の方は、120作品にもなります。世界に一つしかない自分の作品を誉めたり自慢したりして物作りの楽しさを皆さんが実感しています。秋の「大和地区まつり」作品展への出展も楽しみと励みになっています。新年会を兼ねた京王プラザでは「吊るし雛」を観賞後優雅な食事・乙女心に浸り至福のひと時、気持ちはいつでも青春との事。昨年秋の「大和地区まつり」では、和服をリメイクして、変化に富んだチャイナ服・背広風スーツやカジュアルウェアなどを地域の方々が着込み「リメイクショウ」としてセンター1階ロビーで開催し、喝采を受けたことは、まだ記憶に新しいところです。
 また、趣味の海外旅行も満喫し、自然の偉大さを再認識しつつ生活していけたら幸せだと思います。と創作意欲はますます盛んです。(みんなの大和ニュース9号より)


「大和朗読の会」を主宰する   船山 芙佐子 さん

 
船山 芙佐子 さん
 
地区まつりでの紙芝居公演

「大和朗読の会」で制作している大きな紙芝居について船山さんは、次のようにおっしゃっています。大きい、大きいといっても色々ですが私たちのいう「大きな紙芝居」は畳の半分位あり、紙芝居1組は12場面か16場面。使い易く耐久性も要求されますから、裏打ちも必要。仲間がいなければ出来ません。先ずは気に入った話を選び、鉛筆で下絵を描き、色を塗る。会員総出で1日がかり、色塗りが終わって乾いたら裏打ち、これも1日がかり、雨だと乾きが遅いこと遅いこと。こんな手間暇を掛け作り続けて20余年、37組を制作。最初の頃よりははるかに速くきれいになったと自負している。「大きな紙芝居」の良いところは、沢山の人が見易いこと。また、紙芝居は画面が一定の時間目に留まるので強調したいイメージが理解され易く映画、テレビとは違った良さがあります。これからも良い話を選んで、さらに技術(制作も演じる事も)に磨きをかけねばね。とますます張り切っています。

木彫人形作家   藤本 英以 さん

 
藤本 英以 さん
 
三つ折り人形

現在、伝統的工芸技法で「三つ折り人形」を作るただ一人の木彫人形作家の藤本さんをご紹介します。「三つ折り人形とは昔、武家の子供たちに愛された頭や手足が動く人形で緻密な伝統的技法が必要であり、一体完成するのに半年から一年もかかる芸術品です。藤本さんは、福岡県久留米市のご出身で幼い頃から絵や工作が好きで喧嘩っ早かったといい、近所でも評判の「悪がき」だったと笑います。その故郷で見たある人形の持つ清らかさ、美しさに魅了され、紆余曲折を経て上京し人形作家の川上南甫氏に師事して、後に養子となりました。(本名:川上英之)また、師匠から言われた「枡の中に入って枡から出ろ」という教えが忘れられないと言います。まずは没頭して勉強し、自分にしかできない人形を生み出せということでした。
 中野区にお住まいになり、銀座鳩居堂で木彫り人形展を開催し、マスコミにも数多く紹介され、中野区より長年にわたる人形作家としての「技能功労」の表彰も受けられました。藤本さんのご厚意により、区民活動センターの「大和ギャラリー」でもその作品の一部を1月末〜2月初ご紹介予定です。お楽しみに!


文武両道の達人   菊本 美登枝 さん

 
菊本 美登枝 さん
 
四中入学式壇上を飾った生花
  長年、生け花池坊を嗜まれ、書道は毎日書道展入選の経歴をもつ菊本美登栄さんをご紹介致します。写真は第四中学校の入学式式場を飾った演壇の花です。花は、長年にわたり四中生の入学と巣立ちを見守ってきました。菊本さんは同中学で定期開催の「ふれあいスペース四中」行事で生け花教室の講師としても活躍されています。また毎年秋に開催される当地域の一大イベントである「大和地区まつり」の文化祭部門を担当され、会場が常に華やかな雰囲気になることを心がけています。とりわけ、小中学生も参加する生け花は地域の方達に好評を得ていると喜んでおられます。また、同会場では毎回書道も展示されますが、菊本さんの揮毫する書が多くの作品の中でも凛とした雰囲気を漂わせています。このように地域活動に密着して寸暇を惜しみなく活躍されている菊本さんにもう一つの顔があります。ソフトボールではかって国体出場3回の名選手、その活躍ふりは、知るる人ぞ知る今の清楚な佇まいからは想像できません。
     

日本古代史の研究   布瀬川 浩一 さん

 
布瀬川 浩一 さん
 
日本武尊
日本古代史(民族興亡史)ウム・・難しい研究をされていらっしゃるのでは・・・?と思いましたが、そもそものきっかけは、神社を荒らす人はおらず、ごみ一つ落ちていないなんでだろう?≠アれが神社研究に魅了された始まりとか。古代人は民族・集落・一族の単位で驚くほどの戦いをし、殺戮(さつりく)した相手の鎮魂から自軍の幸運の為、神社に掛けた思いは大きく、神社に残る記録と記憶は、古代史そのものを語っていると言っても過言ではないそうです。日本全国十万ヶ所ある神社の内の百ヶ所位が各地の一宮として崇拝を受けており、既に三十ヶ所は巡っていらっしゃるそうですが、全部巡りたいという夢をお持ちとの事です。布瀬川さんは生まれも育ちも大和町で地域の「ことぶき大和会」の同人誌に古代史(昔の噂話)≠連載され、別の「タンポポ会」では土地にまつわる昔話をされているそうです。

 お茶のみ会や座談会の余興などで一寸話をきいてみたいグループがあれば喜んで伺いますとのお話でした。

 
     

一枚の紙の奥深さに魅せられて   井上 和昭 さん

 
井上 和昭 さん
 
干支「龍」の折り紙
    中学生の頃、書店で目に留まった一冊の折り紙の本がきっかけで、その奥深さに魅せられて、現在は地域のサークルや小学校、集会などでお子さん達にその楽しさを伝える”折り紙”講師としてご活躍の井上和昭さんです。

 井上さんは一見して芸術家タイプ。髪を後ろで一つにまとめて優しい口調で折り紙の無限の可能性を話して下さる様子は、親が我が子の話をする様な温かさを感じます。折り紙は小さいお子さんからご年配の方まで、一度は身近な紙を折って鶴やかぶと等幅広く親しまれていると思います。夢と創造を膨らませ、いまや一枚の紙がおりなす芸術的な作品、幾何学的な性質から宇宙科学、工業製品、建築、また医療など様々な分野で用いられているそうです。

 殆どの物が折り紙で作られているそうで、今は時代を反映して「携帯電話」や「パソコン」、最近話題になった「はやぶさ」などいろいろな作品が創作されています。改めて、身近にある紙が無限に変わりゆく姿は、想像以上のものであるとその素晴らしさを実感致しました。

江戸時代の旧街道11道を完全踏破した「すご足さん」  山ア 直明 さん

 
山ア 直明 さん
 
通称「隠れ家」で研究にいそしむ
    江戸五街道をはじめ全国11街道二八六四`東京から鹿児島往復に相当を踏破した山ア直明さんをご紹介します。野球、ラグビーをはじめスポーツマンの山アさんは動くことが大好きで、もともと歴史街道には興味がありました。また鉄道にも蘊蓄うんちくがあり、割引切符の列車を使い前回歩いた所まで行き、往復を重ねて歩き、振りかえると前述の距離を踏破したということです。その道中には色々な出来事があり、中仙道の八幡から望月間の峠では道に迷っているところへ大雨で夕暮れとなり心細かったこと、また旧街道には現在の国道などと重なる部分と分岐している箇所が多くあり、苦労話は尽きません。その中でも旧山陽道途富海宿から宮市宿への途中小学生に出会い、間違った街道を説明してしまったことに気づきましたが既にその生徒は帰宅後のため、校長にお詫びの手紙を出したところ、心のこもった返信が有ったとのことで山アさんの人柄と「絆」がにじみ出るお話もありました。 また、地域との関わりも大切にされ、区報等を奥様とご一緒に配布されたり、地域団体でも精力的に活躍されています。「人生もまた旅なり」

時計修理と写真のことならおまかせ  本間 誠二 さん

 
本間 誠二 さん
 
自宅の一室は修理工場だ

大和小学校近くの住宅街の一角。本間さん宅の玄関を一歩入るとたくさんの道具に囲まれた工房「ホンマウォッチラボラトリー」があります。精工舎(現・セイコー)に勤め、その後大和町で開業してから50年。その修理技術が評判となり、テレビ出演した時は、電話が数日間鳴りやまないほどの反響がありました。古いものを見直そうという意識の高まりのなか、最近は様々な依頼があります。入学のお祝いにお父さんから買ってもらった腕時計、我が家で宝物のように大切に保存していた祖父の形見の時計など、。それらを蘇らせ出たいとのお客様の思いを受けて日夜修理机と仲良くしている本間さんです。また、本間さんは時計修理に加えて、写真撮影もプロの域を超えた「すご腕さん」でもあります。

いつでもどこでも誰でもできるトリム体操歴30余年  山本明子 さん

 
山本明子 さん
 
大和敬老のつどい

 山本さんが副会長を務める、中野区トリム体操連盟は平成20年、25周年を迎えました。区内には30クラブがあり、大和地域では3クラブが活躍中です。トリム体操の「トリム」とは「バランスを保つ」の意味があり、心身ともにバランスのとれた健康づくりを目指しています。山本さんは連盟の立上げ前から活躍されており、トリム体操歴は30余年です。トリム体操を始めたのは、「競技ではないスポーツ」「勝ち負け、経験、年齢に関係がない」から。「何時でも、何処でも、誰でもできるのがいい」と話す。クラブの現状と将来の指導者育成などが悩みの種とのことですが「毎日を楽しく、相手も楽しく。地域隣人とのつながり・交流を深めたい」とトレードマークのバンダナを引き締め老人ホームをはじめ各施設に今日も出向き精力的に体操の指導を行っています。
 なお、山本さんは、平成24年度東京都スポーツ功労賞を受賞されました。

多彩な地域活動を行っています   関口 俊夫 さん

 
関口 俊夫 さん
 
災害救援ボランティア推進委員会:セーフティーリーダー
としての別の顔もあります

 大学卒業後、和光大学に勤務し、学生相談を32年間担当した。退職後は大学や企業で就職相談を行い、現在も大学で就職関係の講義を受け持つ。和光大学で学生相談をしていた時に、学生の親が認知症になったという相談を受けた。その時の経験から「福祉・高齢者関係の資格を取りたい」と思った。現在、社会福祉士、精神保健福祉士の資格を持ち、浄風園の第三委員(苦情処理相談員)を務めている。3年前までは中野区保健福祉審議会委員だった。

平成17年の集中豪雨で自宅が床下浸水の被害に遭う。区民活動センターが避難所になっているが「大雨の中、高齢者は遠くて行けない」と疑問を抱いた。高齢者に配慮した避難体制の充実を行政関係に訴え続けるなかで、地域に根ざした活動の必要性を感じた。

地域の活動や相談に応じられるのは食育、健康、キャリアデザイン(進路相談等)、環境、園芸と幅広い。「ささえ愛 大和」の一人として、今後の活躍が大いに期待される。


     
     

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中野区大和区民活動センター
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東京都中野区大和町2-44-6
TEL.03-3339-6125
FAX.03-3339-6126
E-mail.
nakano_yamato@coast.ocn.ne.jp

大和区民活動センターのキャラクター大(ダイちゃん)と和(ナゴミちゃん)です。どうぞよろしく!

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