本文へスキップ

地域の皆様のコミニュティ


       歴史保存は、我々の永遠のテーマです。
 現在大和町には約1万5千人が暮らしていますが、若い人たちには町の歴史なんか知らない、と言うのが当然でしょう。でも大和町の名前にも歴史があり、松木満史と棟方志功はこの町から世界に羽ばたき、大和小には鹿鳴館黒門の礎石もありました。今、中央通りの拡幅も進み、この町の大切な何かを残そうと“炎のイレブン”は燃えています。
 皆さま、ぜひ古い写真や昔の話など、我々までお知らせください。大切に保存します。
                      会長 近藤敏明 

ライブラリー

2018・4・16   昭和を代表する芸術家の一人「松木満史」
 2018・4・2  偉大な板画家は、わが町の誇り!「棟方志功」
2018・4・2    守る会立ち上げのきっかけになった「大和小・鹿鳴館の礎石」

昭和を代表する芸術家の一人「松木満史」

 平成30年3月、大和ギャラリーでの松木満史展には、沢山の方々にご来場いただき、絵画だけではなく資料のパネルなども熱心にご覧いただき、ありがとうございました。この期間中、松木満史の関係の方々からも大きな反響があり、また、今回大和町に埋もれていた宝物がいくつも発見されました。大和町文化財を守る会は、この展示会を通じて生まれた大きな和をさらに大きく育てていきたいと思っており、これからも皆様のご協力をよろしくお願いします。                          (大和町文化財を守る会会長 近藤敏明)

■展示会から大きな和が生まれました「洋画家の松木満史展」
 大和町文化財を守る会は、昨年の「棟方志功展」に引き続き、大和町にゆかりの洋画家「松木満史展」を平成30年3月5日から17日までの13日間、大和ギャラリーで開催し、期間中は守る会のメンバーが説明に立ちました。
 展示会には大和町や近隣の町からは勿論、出身地である青森県立郷土館、郷土文化誌いしがみ、その昔絵画の教師をした事のある玉川学園、棟方志功研究の日本民藝館など学芸員の方々も含めて、のべ190名の方々が来場されました。
 また、展示会の様子は、中野JCOMでテレビ放映され、青森県の東奥日報にも記事が掲載されました。

●来場者のご感想から
 来場された方々から暖かなメーッセージを沢山頂戴し、ありがとうございました。守る会の今後の励みと参考にさせて頂きます。その一部をご紹介いたします。
・(松木満史は)棟方志功と親交があったんだ
・松木を知ることができて嬉しい。
・大和町、いいところだなぁ。引っ越してきて1年。
・今までこのような絵をみたことがなく感動です。
・すばらしい企画、ありがとう。
・詳細な履歴と絵の展示、すごい。
・絵を見て気持ちが明るくなってほっとしました。ありがと うございました。
・青森市生まれです。長距離バスで度々帰ります。今日は幸 せでした。
・松木のお嬢さんと同じ大和小学校。
・私は青森県出身、祖父が松木の絵を持っています。これも
 ご縁ですね。
・練馬区から歩いてきました。図書館でポスターを見て。
・あちこちの掲示板にポスターがありました。
・説明が分かり易く、展示も素晴らしい。 
       松木満史

   代表作<ラリューヌ>


    神馬(左)と少女
●初披露!
大和町三丁目の栗原孝男さんが所有しておられる、松木満史が昭和5年秋に制作した、木彫りの“恵比須様”と“大黒様”2体が展示期間中に初披露されました。松木満史の大和町での足跡を改めて実感しました。
 

   恵比須様 
    大黒様
 ●アトリエ設計図発見!
展示期間中、松木満史の三女ルミさんから、朗報がありました。それは今から90年前に、大和町に建築されたアトリエの設計図を発見したというのです。棟方志功が「眺鏡堂」と名付けて、ここから描いた版画の絵はあったのですが、建物自体は記憶と推測の域を出ませんでした。現在、近藤会長が図面を基に研究中です。
  ●松木満史の紹介
明治39年青森県旧・木造町に生まれる。大正12年、17歳で棟方志功主宰の青光画社に参加。展覧会に出品する。このころ絵画や彫刻に励む。昭和2年大屋リョウと結婚。中野区上沼袋(現大和町)に住む。翌年現在の大和町四丁目にアトリエを新築。棟方志功が同居した時期もあり。その後、青森に転居のため大和町を一時離れる。昭和20年大和町に再び戻る。(中野区立中央図書館“中野区ゆかりの著作者紹介”より引用)

  昭和2年、松木満史のアトリエにて

  昭和3年、満史(22歳)と量(19歳)
●夢通りギャラリーで展示
「大和町が育んだ二人の絆 松木満史展」の要約版「大和町の松木満史」を、中野ガード下“夢通りギャラリー”で展示(5/7~5/31)しました。縦約1.1m・横3mのケースの中に、満史の略歴6枚、発見されたアトリエの図面と裏面の満史画の青森風土図2枚、満史の「ラリューヌ」「神馬」「少女」の複製絵画3枚、大和町文化財を守る会紹介1枚、のパネルを配置しました。期間中、ご通行の方々、松木ルミさんとご友人、中野区健康福祉部 文化・スポーツ分野 文化財担当の方、区立歴史民族資料館の方、中野たてもの応援団の方などがご覧になりました。
 
   夢通りギャラリーの展示風景

偉大な板画家は、わが町の誇り!「棟方志功」

 棟方志功は、昭和4年~18年の間、大和町に在住しました。この間、数々の大作を生み出し、板画絵巻「大和し美し」は昭和11年の刻画会に発表されたもので、昭和9年に沼袋南から大和町に町名変更されたことが、創作するきっかけの一つと言われています。大和ギャラリーでは「大和し美し」の作品のほか、大和町での生活や家族構成まで紹介しました。


「大和町の棟方志功展」に来られた富山県福光町の
学芸員の方と共に
 
 


守る会立ち上げのきっかけになった「大和小・鹿鳴館の礎石」

  大和小学校にあった「大和の碑」の石材は、鹿鳴館の跡地に本社があった大和生命保険が、大和小25周年を迎える際に鹿鳴館正門の礎石25個を寄贈したものです。平成29年4月、大和小と若宮小の統合、美鳩小学校開校により「大和の碑」は撤去するとの発表がありました。そこで大和町歴史編纂委員が中心となり「大和町文化財を守る会」を立ち上げ、関係各所との折衝を重ねた結果、礎石を下記の形で保存することが決まりました。
■大和小記念碑「大和校われらが母校」を、美鳩小新校舎建設敷地内に建立
■大和町文化財を守る会会員3人のお宅に、庭石として6個保存
<教えてください!>
大和生命が、大和小に鹿鳴館正門礎石を寄贈した経緯をご存知の方、ご一報をお願いします。

      大和小学校にあった大和の碑
 
美鳩小学校に設置予定の「大和校われらが母校」碑

   会員宅で保存されている礎石

                                        

information

中野区大和区民活動センター
運営委員会:制作・著作

〒165-0034
東京都中野区大和町2-44-6
TEL.03-3339-6125
FAX.03-3339-6126
E-mail.
nakano_yamato@coast.ocn.ne.jp

大和区民活動センターのキャラクター、大(ダイちゃん)と和(ナゴミちゃん)です。どうぞよろしく!

   <ダイちゃん>

  <ナゴミちゃん>

















公式サイト 
中野区役所
 野方警察署
 野方消防署
第四中学校
 啓明小学校
美鳩小学校
 やはた幼稚園
大和幼稚園 
大和児童館 
大和西児童館 
大和東保育園 
七海保育園 
大和保育園 
にじいろ保育園 
おうち保育園なかの大和 
TAC未来こども保育園大和町 
子ごころ園大和町 
 
ホームページポリシー